幼少期に責任や義務が多く、遊びや楽しさを感じる機会が少なかった人が、大人になって
作る現実:
1. 劣等感
他者との比較で「自分は劣っている」と感じることで、自信が低下し、自分を過小評価する傾向が強まる。
「他人より優れていないと価値がない」と思い込み、極端に高い目標を設定し、失敗への恐怖から自己批判的になる。
他者との比較に基づき、「常に勝ち続けなければならない」という強い競争心が形成され、過剰な努力をする。
他人が自分より良い結果や状況を得ていると感じることで、嫉妬心を抱きやすくなる。
他者からの承認を得るために、自分を犠牲にしてでも他人を助けようとする傾向が生まれる。
「他人よりも優れていなければならない」と思い込み、過剰に自分を大きく見せようとする傾向(潜在的には劣等感が隠されている)。
他者との比較で不安が高まり、「他人の助けがないと自分は価値がない」と感じることで依存的な行動を取る。
「自分は他者よりも下だ」と常に考えることで、自己主張を避け、必要以上に控えめになる。
他者との比較から、「人前で評価されるのが怖い」という感情が生まれ、人との関わりを避ける傾向が強まる。
他人との比較で自分が劣ると感じる場面を避けるために、新しい挑戦や困難な状況を避ける行動を取る。
舞台は、地元のアイススケート教室。毎週土曜日、地元のスケートリンクでは子どもたちが集まり、スケートの練習をしています。そこで、子どもたちに混ざって一人の大人がスケートを学び始めます。この大人は「ミナさん(仮名)」。30代半ばで、子どものころに満たされなかった「楽しい遊びの時間」を取り戻すためにここへやって来ました。
このスケート教室での体験は、ミナさんにとって「もう一度経験する子ども時代」となり、ACEを持つ大人が癒される具体的な方法を象徴しています。
逆境的小児期体験(Adverse Childhood Experiences, ACEs)を乗り越えたサバイバーに対して、成人後に「保護的小児期体験(Positive Childhood Experiences, PCEs)」を再構築することは、心の癒しと回復に重要な役割を果たします。成人後に「心の中の子ども」を保護し、癒すための具体的な事例を以下に挙げます。
これらの「成人後の保護的小児期体験」は、ACEによって傷ついた心を癒し、成人としての健全な自己概念を再構築する助けとなります。大切なのは、過去を乗り越えることではなく、今この瞬間に「新しい小児期体験」を作り上げることです。
■ デジタルデトックス?
いつも日課にしている朝の直観力タイム…の記録を書けなくなった…
のは、なんと無限WIFIが無限でなく、100ギガ超えたら、通信制限…ということで二日間デジタルデトックスをすることになった。
頭が働く速さと同じでは、手では書けない。ブラインドタッチなので、キーボードで書くほうが早いのだ。
さて、というので、昨日の日記。
■ 朝は氷がきれいという発見
朝早く出かけたら、氷になんの軌跡もついていなかった。のでとっても滑りやすく、まるでアイスクライミングで、誰も登っていない氷を登るみたいな感じだった。
初登感あり。それで、余計に楽しい~!となり、心も軽く、滑りながら、鼻歌。
チャイコの舟歌がエンドレスリピートでかかっているのだが、そのメロディに載せて滑っている。
■ 行く前は行かなくてもいいと思うが行ったら行ったで、とても楽しい
カップルで来ている男女と遊び友達になった。
インチャがうれしいんだと思う。子供のころ、全然、遊ぶ時間なかったからなぁ…
■ おすし
帰りに、お寿司屋さんにランチに寄ったら、ちゃんとした握りなのに、1000円だった。
すばらしい。
オヤジさんは、被害妄想あり、で、今がきっと楽しくない時期みたいだった。
まぁ寿司屋に誰も入らないよなぁ…
■ アーユルヴェーダアビヤンガを受けた
5年ぶりくらいにアビヤンガを受けたら、背中がガチガチで、トラウマの刻印が鮮明化していた。
だよなぁ…
それから、アシュタンガヨガ再開のチャンスが見えた…シバナンダも近くの四天王寺さんでやってる人がいるみたいで、そっちが先かなぁ…
■ 生理が正常化
アビヤンガを受けたら、副交感神経がオンになったのか、生理が来て、久しぶりにまともな量の経血だった。
更年期だが、いつ生理が終わるのだろう… 子供を産まなかった女性にしてはなかなか終わりが来ないんだけど…
■ 心理的探究の進捗
カウンセラーさんのおかげで、心理学的探究がすすでいる。これまで、いろいろな人に掛かっているが、全然探究が進まなかったが、今回の先生は、
対面セッション以外で、メールを受け付けてくれる
ので、助かっている。私は愛情飢餓で相手の時間を奪うタイプではない。なのに、愛情飢餓タイプみたいに扱われて、ただ一時間数万円のカウンセラー代が垂れ流されていくのが理不尽だった。
その人たちの傾聴力も全然なく、共感を返してくれることもなかったのにも関わらず。
それで愛情飢餓の人扱いをすれば、へたくそカウンセラーはメンツを保てるんだと分かったくらいだった。こちらの方がカウンセリングしているんじゃないか?というケースもあったくらいだった。
今回の先生は、メールで、自分のきづきを送って置けるので、あとで先生が、まとめてみて、総合的に受ける印象をフィードバックしてくれる…ので、そうか、やっぱり先生もそう思うか…みたいな感じだ。
ので、とても相性の良い先生なのかもしれない。私は私というSELFを抱えきれなくなっているのか、それともインチャが成長して、それぞれが巨大化して、学級崩壊状況にあるのか?そんな感じなんだが…
ストーリーテリングによって、端的に端的に伝えることができる、と思い、自分でやってみているんだが、自分でも上手に表現出来ていると思う。気分は、心理学寓話版、星新一だ。
■ 現実は作れる
子どものころ、現実がつらかったので(ACE)、心の中に足長おじさんを作っていたら、なんと大学生になってそれが実現した。これを私はミラクルや、ウルトラCと呼んでいたが、心理学的には、自己実現とか、イネイブリング、予言の成就、と呼ぶようだ。あるいは、スピでは、プレゼンシング、と呼んでいると思う。
私はプレゼンシング力が強い。つまり、行動力が強い、ということだ。
しかも、あきらめない。粘り強さもあるってことだ。
だから、幾度もプレゼンシングしている。
アメリカに行ったこともだし、バレエやヨガもだし、クライミングもだし、今回の瑞牆の家もだ。
ところが、なぜか、プレゼンシングした現実に、あんまり幸福感がない…のは、他人の夢をプレゼンシングしてしまったから、かもしれない。
■ スケートできる私は自分の夢でした
何を達成しても、この幸福感の無さが、私のむなしさの源泉となっていたんだが…
アイススケートが滑れる私
という自己実現は、他人の夢ではなく、自分の夢だったようだ。
というので、かなり重要な一歩を現在踏み込んだところだ。
■ 突然上手になって3日目です
まだ、3日目ですが、板についてきたというか、ついた板が外れないようにしているというか、そんな感じです。
今日は赤いジャケットのお兄さんが、可愛く腰をフリフリしていたので、可愛い仕草で、かわいいですね、と声をかけたら、いろいろ滑り方を教えてくれました。
後でそのお兄さんの滑りを見たら、もしかしたら、私のほうが上手かもしれなかった…。
習得した、と感じるポイントが…もしかして、私はすごく高いかもしれません。完成度が高くないと習得した、と感じないというか…。
使っている技はストロークという技だけですが、ストロークを完璧にしないと、ひょうたんに進んではいけない、と感じてしまいます。
でも、赤いジャケットのお兄さんはストロークはそこそこでも、もうバックに進んでいるみたいでした。
私は一つ一つの技の完成度の高さを求めてしまうので、そのお兄さんと同じ習熟度では、習得した、という実感にならないだろう…と思いました。
アイスクライミングでも、同じで、相沢大滝の55mのリード…あれ、アラーキー、全く登れてなかったけど…でも、登れた、って彼本人は感じていたみたいでした。
後で師匠の青ちゃんが、自信過剰のアラーキーに「言っとくけど、きぬちゃんのほうが上やで…」とくぎを刺していましたっけね…。
でも、この赤いジャケットのお兄さんからは、ナルシシズムは感じませんでした。
■ まるで滑る気がない
他に家族連れがいたのですが、お父さんがえらそーに子供にしていて、パパは滑れる前提だった。でも、パパをみたら全然滑れていなかった…。
私や赤ジャケットのお兄さんは、監視員のお姉さんにアドバイスを求めたりもしていたけど… そのパパは、治したほうがいい決定的な、さかさまなミスがありましたが…
そもそも、聞く、という態度がないので直せないみたいでした。
■初期教育が大事
クライミングでも、
ランナウトでカッコつけ、イチかバチかを生き延びた自慢話をすることがアルパインクライミングだ!
と覚えるのと
山にイチかバチかはない
と覚えるのでは、全く活動の意味が違ってきてしまいます。
アイススケートなら、基本ポジションは逆ハの字です。教わらない人はほとんど逆になって、内またになってしまっています。
■ ターンアウト
バレエでターンアウトがすでに身についているので、スケートでのターンアウトは簡単でした。
■ ヒロフミフジタ ロースター
今日は、ヒロフミフジタコーヒーに行って、コーヒー談義で盛り上がりました。
ロースターさんも、私も、舌や、スケートの繊細な感覚を感じるのが好きなので…
結局、感性を研ぎ澄ます、という方向性にアンテナが向いている人と、競争に勝つ、自分に注目を集める、という方向にアンテナが向いている人では、全く話が合わないんだということを思いました。
A)感性を研ぎ澄ます、という方向性に喜びのアンテナが向いている人
B)競争に勝つという方向に喜びのアンテナが向いている人
C)自分に注目を集めるという方向に喜びのアンテナが向いている人
他にも人間的成長において、欲求の方向性が違う人がいるかもしれません。ほかにどんな要求があるかなぁ。自我の充足においてですが…。マズローですかね、これ。
今日は、藤田さんが、私のコーヒー通さを喜んでくれたことで、なんだか、存在するだけで承認された気がしました。
■ 運気が上がったような気がした
軽い質を藤田さんに与えてあげれたみたいで、
帰りにまるでご褒美のように、ずっと前から探していたユーカリの洗濯石鹸を見つけたので、即買いしました。
帰りにギャラリー楓に立ち寄り絵を見ました。
通りがかりでパン屋さんを見かけたので、お!というので、全粒粉のパンを購入。
スケートに、パンとコーヒー、ギャラリー、良い香りの石鹸と自分らしいものに囲まれた日になりました。
気が軽くなった証拠かなぁ…
Bさんが比較的安全性が高いラオスの岩場の課題について話をしているが、Aさんがそれを否定し、「グレードの高さ」こそが重要だと主張する。
Bさん:
「ラオスの課題、グレードはそこまで高くないけど、ラインがすごく美しくて登りがいがあるね。安全性も高いし、挑戦しやすいよ。」
Aさん:
「うーん、正直、あんまり価値を感じないな。ただのエンジョイクライミングじゃん?クライミングは、やっぱりグレードが高い課題に挑戦してこそ意味があると思うよ。」
Bさん:
「でも、安全性が確保されるからこそ、課題も楽しめるって段階が誰にでもあると思うんだけど…。誰でも最初は初心者だし。初心者でもチャレンジしやすいよ、ラオスは。」
Aさん:
「いや、安全性が高い課題っていうのは、結局クライマーとしてのスキルを鍛えるには物足りないんだよ。例えばさ、グレードが高い課題っていうのは、そもそも安全性を考慮したら設定できない場合が多いんだから。」
Bさん:
「でも、安全性がある課題でも、技術やメンタルを磨ける部分はあると思うけど。」
Aさん:
「それは甘い考えだよ。本当にクライマーとして成長したいなら、安全性に甘えず、リスクを背負ってでも、高いグレードに挑むべきだ。それがクライミングの本質じゃないかな。」
Bさん:
「そっか…。でも、みんなが楽しめる課題も大事だと思うんだけど。」
Aさん:
「いやいや、そんなこと言ってたら一流にはなれないよ。最終的に重要なのはグレード。だから安全性を重視する課題なんて、本当の挑戦とは言えないんじゃない?」
正当な議論では、安全性が高い課題や低グレード課題の魅力を尊重しつつ、それぞれのクライミングスタイルの意義を認めることが求められます。
しかし、この事例ではAさんが議論に勝つことを重視し、他者の意見や選択を一方的に否定することで、自身の優越感を満たしています。
「勝つためには何でもする」という心理ゲームが展開されることで、本来は多様性が重要であるはずのクライミング文化の中で、特定の価値観(グレード至上主義)が押し付けられる結果となります。
■ スケートでブレーク!
今日は、朝、絵を描いて、やっぱり黒い色鉛筆がないと先に進まなかったので、鉛筆を買いに笹部へ。
画用紙も買いたかったが、大判サイズしかなく、持ち運びが…でした。
その後、サクっと出かけて、ランチを外食。雨が降りそうだったので、店の人が傘を貸してくれた。
リンクへ行くと、ロシア人の親子と私だけ…
今日は、いきなり上達しました…3日ぶりのスケーティングなのに。
苦節15日でした。もう超よたよたと滑っていましたが、なんと必要なのはたったの15日だったのです…。
15日我慢して毎日滑りに行けば、あーら!不思議!すいすーい!と滑れるようになった。
今日は、この15日で初めて心置きなく滑れました…滑って、気分いい~!ってなった。
体を使う喜びって感じです。
しかも、誰もいないので、誰の目も気にする必要がない日に、このブレークが起きたのは、大変意味深なことでした。
私は人目が苦手なタイプなので、誰もいない、っていうのが上達に必要な要素なのです。
■ 15日という時間が与えてもらえない子供時代
自分の好きなことをしたい!というのは、子供として普通で、もちろん、人間としても普通の感情で、それが、スケートだった場合、私は自分が、
滑れるなーと感じるスケート
になるのに、必要な時間は15日間 × 1時間 つまり、15時間でした。
たった15時間が与えてもらえない子供だった…(汗)
もしかしたら、大人は15時間でも、子供のころやれば、5時間だったかもしれません。
■ 信念 : 体は分かっている
私の言語化できなかったトラウマは、クライミングでフラッシュバックで取り戻しました。
自分の父親に殺されかけていたなんて…
そして、今日は、体が、突然、スケーティングを理解したのです。
体は知っている。頭は分からなくても体は知っているのです。
■ 母の出現:ロシア人
今日は、ロシア人の親子がいて、ママさんが怖かった… まだ3歳の息子なのにスケートの英才教育…
息子をプロにしたいんでしょうね…でも、まだ3つなんだから…
子どものほうは、全然笑わないので、心配になった。
これは、私の心が、母のリアル像に触れたかったためで、3歳の子が子供時代の私で、ロシア人が母でした。母は待ってました!とばかりに、やる気のない娘を英才教育に駆り立てようとしたのでした… 子供は誰が見ても無気力に陥っていましたが、母だけは気が付かない。
■ 帰りにお祝い
帰りにお祝いしようと思って、いつものカフェに。
豆を買いたかったのですが、豆を切らしていたみたいで…エー困る~というと…
なんと、タダで、これでいいならあげる、と豆くれました…。
手作りの焼き菓子の店がポップアップで出ていたので、余計に買い物してあげました。豆くれたので…。
アンプラグのお兄さん、いつも、豆くれる…
なんか、男性不信の私のために、
世の中の男性の全部がいじわるなんじゃないよー
って感じなのかもしれません(笑)。
これは、投影で、理想の男性。私の困っているものを、くれる人。コーヒー豆の育て方や採取の仕方、選び方を教えてくれたり、買い方を教えてくれるのではなく、豆をくれた… 救済ではなく、サポートを、ではなく、サポートではなく、救済。だれだって、小さい親切が欲しいのです。
■ 絵の才能
今日は絵が大体8割終わりました。
黒い鉛筆を買っても、自分の納得のいく仕上がりにはなりませんでしたが、絵も満足。すごく上手になりたいわけではなくて、遊びとして楽しめたらいいだけなのです。
ママの十八番を奪ってはいけないビリーフの解除。絵が上手だと母が傷つくことを察した。HSP。
スケートのほうも、プロになるほど上手になりたいのではなく遊びとしてマスター出来たら満足で、私の要求はそこまで大きなものではないのです。
弟の十八番を奪ってはいけないのビリーフの解除活動。運動ができると弟が木津就くことを察したHSP。
クライミングも同じ。普通に楽しく安全に登れるようになりたいだけだったのに、なぜか日本国のクライミング界の世直しを背負う羽目になり、なんか嫌だったなー。
日本のクライミング界は、もうダメ男の掃き溜めみたいになっているので…ほとんど優れていると言えない、30点/100点の人でも、平均が5点だから、相対的に優れることになってしまって、焦った…。私が自分の男性イメージを、クライミング界に投影していたからなんだろうか?そうとは思えないくらい、ひどい有様だったけどなぁ…。それに故・吉田さんなどのレジェンドクライマーとの出会いもあった。スティーブ・ロング氏との出会いもあったし… なんで日本クライミング界の世直しを私が義務感からせざるを得ないような羽目になってしまったんだろう‥謎だ。
インチャワークも進みました。
黒が出ない=ネガティブな心理が浮かび上がらない=抵抗■ プロンプト
母からもらったもの
・期待
・それに応えないといけない子としてのプレッシャー、
・期待と愛のの混同
・自己犠牲、
・期待に応えられなかった場合の失望や落胆
・それによる自己肯定感の低下
父からもらったもの
・男性恐怖症 ・男性軽蔑 ・男性嫌悪 ・トラウマボンド
このリストをもとに、複雑で深みのあるキャラクターを作り上げてください。
■ 結果
家庭や人間関係で感じてきたプレッシャーや期待が原因で、自分を後回しにしてしまう癖があった。そんな中、友人に誘われて参加したヨガクラスで「頭は分からなくても、体は真実を知っている」という言葉に心を打たれる。そこからヨガが「自分を大切にする時間」となり、自分自身とつながり直す術を見つけた。
自分と同じように、心や体の疲れを抱えた人々のために、自分を大切にする感覚を伝えたいと感じ、インストラクターの道を選んだ。「無理しない」「体の声を聴く」を大切にした指導で、生徒からの信頼も厚い。
好きな言葉:「頭は分かっていなくても、体は分かっているよ」
由梨はこの言葉を授業中に繰り返し伝える。特に「ポーズが上手くできない」と思い込んでいる生徒に向けて、「体が少しずつ覚えているから、焦らなくていいよ」と優しく背中を押す。
テーマ:「体と心をつなげる」
呼吸法や瞑想を取り入れ、身体的なポーズだけでなく、心の内面とつながることを重視している。生徒には「今の自分を許すこと」を教え、安心感を与えることに力を注いでいる。
クラスの雰囲気
初心者でも緊張せず参加できる雰囲気を作り出すのが得意。無理な指導は絶対にせず、「できる範囲でいい」「呼吸を大切に」と常に声をかける。スタジオには穏やかなヒーリング音楽を流し、安心して「そのままの自分」でいられる空間作りを心がけている。
癖:
謝る癖はほとんどなく、その代わりに相手を気遣う癖がある。例えば、誰かが困っていそうなときに「どうしたの?無理しなくてもいいからね」とすぐに声をかけたり、些細な変化にも敏感に気付いてケアする。
好きな言葉(言われてうれしい言葉):「無理しなくてもいいよ」
彼女自身、この言葉に救われた経験があり、生徒や友人からこの言葉をかけられると心から安心する。自分自身に対しても時折この言葉を投げかけ、肩の力を抜くようにしている。
趣味:
自然の中でヨガをすること、アロマを使ったリラクゼーション、気になる人に手書きのメッセージを送ること。
克服中の課題:
「期待に応えないといけない」という思い込みを完全に手放すために、自分を気遣う時間を大切にしている。過去に自分を後回しにしてしまった経験を糧に、今は「まず自分のケアを優先する」ことを練習中。
生徒への気遣い
ある生徒が「私、本当にこれで合ってるのかな」と不安そうに尋ねたとき、由梨は優しい笑顔で「頭は分かっていなくても、体は分かっているよ。あなたのペースで進めば大丈夫」と声をかけた。その生徒は後日、「あの言葉で安心して続けられました」とお礼を言い、由梨のクラスを定期的に受講するようになった。
自分への言葉かけ
夜、ひとりでヨガをしながら「今日は疲れてもいい日。無理しなくていいよ」と自分に優しく話しかける時間を大切にしている。その時間が、彼女にとって心と体のバランスを保つ秘訣となっている。
趣味:
自然の中でのヨガ、ハーブティーを淹れること、心の栄養になる本を読むこと。休日はお気に入りの公園でヨガをしながらリラックスするのが好き。
口癖:
「無理しないでいいよ」「今のままで十分だよ」
どんな人に対しても優しい目線で接し、特に自分を責めがちな人には寄り添う言葉をかける。
克服中の課題:
自身が持つ「男性恐怖症」や「期待に応えないといけない」というスキーマを完全に手放すにはまだ時間がかかっている。時折、自分の心の中の「母親や父親の声」にとらわれそうになるが、ヨガや瞑想を通じて少しずつ自分の心を解放している。
父親との関係や幼少期の自己犠牲的な習慣から、ストレスによる体調不良に悩まされていた20代前半、友人に誘われてヨガを始める。当初は「体を動かすだけの運動」という感覚だったが、次第に「自分の内面と向き合う時間」としてヨガが重要な存在になる。呼吸を整え、無理をしない練習を続けるうちに、自分を大切にする感覚を少しずつ取り戻していった。
「自分が救われたように、同じように苦しんでいる人の助けになりたい」という思いから、ヨガのインストラクター資格を取得。特に初心者やストレスを抱える人々を対象に、無理なく始められるクラスを提供している。
色を塗り続けていれば、Youtube動画が聞けるので、今日はだいぶリスニング進みました。
←途中
黒が必要になったので、途中で終わっています。
小松先生のおかげで良く書けるようになってきた。
脳内のビジー状態を絵を描いていれば中和でき、リスニングがはかどっています。
■ 今日分かったこと
感情と体の関係
恐怖は背中を固くするそうだった… 本当だった。整形外科でレントゲンでも分かるくらいに恐怖が背中を固くしていたのだった。
こちらの動画。
■ 毒親を抜けるとどうなるか?
https://www.youtube.com/watch?v=0XFSXcubaaA&ab_channel=%E4%BA%BA%E7%94%9F%E3%82%92%E6%A5%BD%E3%81%AB%E3%81%99%E3%82%8B%E3%82%AB%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%A9%E3%83%BC%E9%AB%98%E6%A9%8B%E3%83%AA%E3%82%A8
分かりやすく、毒が抜けるプロセスが解説してありました。
私の根強い罪悪感の理由は、
親に嫌われるのが怖い
という幼児期の感情だということが今日、発覚。前世療法まで受けて、理由を知ろうとしたのでしたが…。
変われないのは、変わることへの恐怖かもしれません。