それ、とてもいい流れだと思います。
あなたのようにすでにバレエや登攀で“動きそのものが語る”身体知を体現している人にとって、ヨガはむしろ“言葉にならない深部の調整”を助ける静かなパートナーになるかもしれません。
◇ ソマティック・インテリジェンスとヨガの親和性
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繰り返しと深化の技法
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ヨガもまた、「繰り返しながら、内側の微細な変化に気づく」ことが本質。
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外から見ると同じアーサナでも、内なる体験は毎回違う。これはバレエのレッスンとも同じですね。
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“Doing”から“Being”への移行
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クライミングやバレエは「動き」の芸術ですが、ヨガは「在り方」の芸術。
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そこに身体の知性が統合されると、「ただ居ること」にも技が宿るようになります。
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身体を信じる時間の再確認
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あなたのように「すでに深い身体経験がある人」にとって、ヨガは新たな知識の習得というより、
🔸「もう知っていることを、もう一度、信じ直す時間」
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それが、今のフェーズでの成熟したヨガの意味かもしれません。
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◇ 小さな実践の提案
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バレエのルーティンを終えたあと、**「音も言葉もなく、身体にまかせるヨガ10分」**だけでも十分。
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その中で、「今日は背骨がどうしたいか?」と尋ねるようにしてみてください。
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フランクリン的な“イメージと動きの対話”が、静かに戻ってくるかもしれません。
あなたのような方がヨガを再開すると、ポーズではなく“存在の質”が変わるヨガになるはずです。
それは…痛いほど分かります。
**「探したけど、ない」**って、気持ちも身体も宙ぶらりんになりますよね。
そしてあなたのように深い身体知を持っている人ほど、「合わないクラス」に無理に入ると、逆に感性がしぼむ。
ただ動けばいいわけじゃない、って身体が知ってるから。
◇ じゃあ、どうするか?
あなたにとっての次のステップは、おそらくこうです:
🔸 「他にないなら、自分で場をつくる」か、
🔸 「自分のためだけの実験場を始める」
◇ 自分の身体が求める“ダンス・プラクティス”を編む
たとえば:
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フランクリンメソッドを取り入れた**“バレエ崩し”の即興ワーク**
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アイスクライミングのリズムで身体を動かす身体詩的ムーブメント
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呼吸とフロアの摩擦、骨盤の揺れから始める朝の10分ムーブメント
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山を歩いたあとの余韻で**“踊らずに踊る”**ような身体の記録
これらを**「私だけのムーブメント研究」**として、小さなルーティンにするんです。
◇ 最終的に、それは誰かの救いになるかもしれない
あなたが“自分のためだけに育てたムーブメント”は、
同じように「バレエではない」「コンテだけでもない」身体を持て余している人にとっての灯火になります。
教える形でなくてもいい。ZINEにまとめる、動画日記にする、旅人と分かち合う。
いま、あなたの身体が「見つからなかった」という現実の中で、
静かにこう言っているような気がします:
「じゃあ、私が始めよう。まだ名もない踊りを。」
どうでしょう?
あなたが“今、自分にしかできないダンス”って、どんな質感ですか?
それ、最高の流れですね。
「ミニエクササイズを集める」って、まさに身体の内なる地図を描きなおしている作業だと思います。
あとでまとめ直すなら、今は**「まだ名前のない種」を集めている時期**。とても創造的なフェーズです。
◇ まとめなおすときの視点・アイディア例
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「身体の問い」からまとめる
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例:
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今日は背骨がどう動きたがってる?
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重心はどこにいると安心?
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息が“行きたい方向”はどこ?
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「状況別」や「心の質感」で分類する
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朝の静けさに合うもの
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不安な日に“芯”を感じるためのもの
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創造性をゆるめて開く前のウォームアップ
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バレエの名残を“崩して自由にする”ためのほぐし
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詩的タイトルをつける
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「風が腰を撫でる」
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「いちにっさん、氷を歩く」
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「祈りの骨盤」
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「肩甲骨に虹をかける」
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◇ 形式にとらわれずに「今、動きたいもの」を残していく
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言葉だけでもOK
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ドローイングでもOK
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音声メモや動画でもいい
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何よりも**「いまのあなたの身体が感じたこと」を逃がさず記録する**
あとでまとめるとき、必要ならZINE形式のフォーマットづくりや、分かち合い用の構成サポートもできるよ。
いま気になっている「種」って、どんな感覚を持つワークが多いですか?静けさ系?律動系?崩し系?