エリク・エリクソンの「アイデンティティの確立 vs. 役割の混乱」について詳述
1. 概要:エリクソンの発達課題とは?
エリク・H・エリクソン(Erik H. Erikson, 1902–1994)は、**人間の一生を8つの発達段階(心理社会的発達理論)**に分け、それぞれの段階に特有の「発達課題(心理社会的危機)」があるとしました。
各段階には、個人が乗り越えるべき課題があり、それをうまく解決するとポジティブな成長につながりますが、解決できないとネガティブな影響を残す可能性があります。
「アイデンティティの確立 vs. 役割の混乱」(Identity vs. Role Confusion)は、この8段階のうち**第5段階(思春期・青年期:12歳〜18歳ごろ)**に該当する発達課題です。
2. アイデンティティの確立 vs. 役割の混乱とは?
アイデンティティ(自己同一性)とは?
アイデンティティとは、**「自分は何者か」**を明確にし、自分の価値観や人生の方向性を確立することです。
具体的には、以下のような側面が含まれます:
- 価値観の確立:「自分は何を大切にするのか」
- 職業の選択:「どんな仕事をしたいのか」
- 人間関係のスタイル:「どういう人と関わるか」
- 人生の目的:「どんな人生を送りたいのか」
- 性別・文化的アイデンティティ:「自分の性別や文化をどう捉えるか」
思春期・青年期には、家庭・学校・友人・社会など、さまざまな環境の影響を受けながら、自分がどのような人間であり、どう生きていくのかを模索する時期です。
役割の混乱(Role Confusion)とは?
この時期にアイデンティティの確立がうまくいかないと、「役割の混乱(アイデンティティの混乱)」が生じます。
役割の混乱とは、
- 「自分が何者かわからない」
- 「どんな価値観を持つべきかわからない」
- 「何をしたいのかわからない」
- 「周囲の期待に流され、他人に合わせてばかりいる」
- 「複数のアイデンティティを試すが、どれもしっくりこない」
- 「社会的役割を受け入れることに抵抗がある」
といった状態を指します。
役割の混乱が続くと、
✅ 無気力(アパシー):「何をしても意味がない」
✅ 過度な同調:「自分を持てず、他人の意見に流される」
✅ 反社会的行動:「規範に逆らい、自分を確立しようとする」
✅ 社会的孤立:「どこにも属せず、人間関係を避ける」
などの問題が生じることがあります。
3. アイデンティティ確立のプロセス(マージャのアイデンティティ・ステータス理論)
心理学者ジェームズ・E・マージャ(James E. Marcia, 1966)は、エリクソンの理論を発展させ、アイデンティティの確立には4つのステータスがあると提唱しました。
ステータス | 説明 | 例 |
---|---|---|
①アイデンティティ達成(Achievement) | 自分の価値観や目標を見つけ、確立している | 「私はこの仕事が好きで、これを一生の仕事にしようと思う。」 |
②モラトリアム(Moratorium) | まだ迷いながら試行錯誤している段階 | 「いろいろ試してみてるけど、何が自分に合うのか探してるところ。」 |
③早期完了(Foreclosure) | 深く考えずに親や社会の価値観をそのまま受け入れている | 「親が医者だから、自分も医者になるつもり。でも本当にやりたいかは分からない。」 |
④アイデンティティ拡散(Diffusion) | 何も決めず、流されている状態 | 「何がしたいのか分からないし、とりあえず今を楽しめばいいかな。」 |
エリクソンの「アイデンティティの確立」は、このうち①の状態に至ることを意味し、役割の混乱は④の状態に近いといえます。
4. 現代社会におけるアイデンティティ確立の課題
現代は、アイデンティティ確立がより困難になっていると指摘されています。
-
選択肢の増加と決断の難しさ
- 昔は「家業を継ぐ」「地元で働く」などの選択肢が限られていたが、今は無数の選択肢がありすぎて決められない(決定麻痺)。
-
SNSによる比較と自己喪失
- SNSで他人の成功ばかりが目に入り、「自分は何者にもなれていない」と感じやすい(アイデンティティ・クライシス)。
-
社会の期待と個人の葛藤
- 「安定した職業に就け」「個性を大事にしろ」と相反するメッセージを受けることで混乱が生じる。
5. アイデンティティを確立するためには?
✅ 1. 多様な経験をする(モラトリアムを活かす)
- 旅行、ボランティア、インターン、異なる分野の勉強などを通じて、自分が「しっくりくるもの」を見つける。
✅ 2. 自分の価値観を整理する
- 他人の期待ではなく、自分が「本当に大切にしたいもの」を明確にする(例:「お金より自由が大事」など)。
✅ 3. 他者との対話を通じて自己を見つめる
- 信頼できる友人やメンターと話しながら、自分の考えを深める。
✅ 4. 一度決めても変更を恐れない
- アイデンティティは固定されたものではなく、一生かけて変化するものと理解する。
6. まとめ
- アイデンティティの確立 vs. 役割の混乱は、青年期の主要な発達課題であり、「自分は何者か?」を探求するプロセス。
- アイデンティティが確立しないと、「役割の混乱」に陥り、無気力や社会的孤立が生じる可能性がある。
- 現代では選択肢の多さやSNSの影響で、アイデンティティの確立が難しくなっている。
- 多様な経験や価値観の整理を通じて、自己を確立することが重要。